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春日山城 かすがやまじょう  2011/07/21 新潟県上越市中屋敷  上杉謙信の居城。「信長の野望」では陥落できない城のトップを大阪城と争う。謙信が強すぎてなかなか落とせない。山全体をお城として利用している。

謙信銅像





お花畑。各堂に献ずる花や薬草があった。

毘沙門天。謙信が深く信仰した毘沙門天。自身が戦いに勝ことにより、毘沙門天の生まれ変わりと考えていたのかもしれない。毘沙門堂。 謙信の信仰した毘沙門天像が安置されている。像は、景勝のとき会津を経て米沢に移った。火災で傷み、修理。そのとき分身ををつくる。像の欠け損じたものがおなかに入っている。



諏訪堂と毘沙門堂跡

毘と龍の旗。毘の旗は、謙信が自身を毘沙門天の化身とまで言って厚く信仰した毘沙門天の毘をとったもの。龍の旗は、懸り乱れ龍の旗といい総攻撃のときに本営にかかげられた。護摩堂跡。 謙信が出陣前に毘沙門堂に籠(こも)った。護摩堂では、戦勝や息災を祈祷した。

本丸。 南隣の天王台とともに春日山城の「お天上」とよばれた。

上杉謙信詠む  九月十三夜陣中作  霜満軍営秋気清  数行過雁月三更  越山併得能州景  遮莫家郷憶遠征  霜は軍営に満ちて秋気しゅうき清し  数行の過雁かがん月三更さんこう  越山併えつざんあわせ得たり能州のうしゅうの景  遮莫さもあらばあれ家郷遠征かきょうえんせいを憶おもう



天守閣跡

上杉景勝屋敷近く

06二の丸。本丸から毘沙門堂を経てお花畑にいたる場所は実城とよばれる。郭群の東裾を取り巻くように造られた郭。

縦堀。山城には、尾根を分断して敵の侵入を防ぐ堀切、深い沢を造って廓を独立させる縦堀がある。

米蔵址と土塁。土塁は廓をつくるときに、削り取った土を盛り固めた。

三の丸屋敷址。米蔵址、三郎景虎屋敷跡を総称して三の丸屋敷跡と呼ぶ。

三郎景虎屋敷跡

甘糟近江守(あまかす おうみのかみ)宅址