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穂積家住宅  ほずみけじゅうたく  2011/06/04 茨城県高萩市上手綱2337-1  江戸時代中期の豪農の住宅。 1805年 上手綱村の鈴木太郎左衛門が、松岡領主中山氏の郷士(地方武士の身分で苗字、帯刀を許される)となり、姓を穂積、名を津太夫と改めた。穂積家は、江戸時代後期の農村社会の変貌とともに大地主となる。豪農といわれ、商品経済の波に乗り、財力を生かし、木材業、酒造り業、金融業も営み、富を蓄えた。

長屋門。ブルーシートは、震災により改修中の前蔵。門の壁も一部落ちている。

主屋

萱を数段に積み重ね、中に竹の節裏を白く塗って飾る。角のところは市松模様。(五段萱葺中竹揃角市松模様)。



酒の入れものは「穂積蔵」とかかれている。



回遊式庭園

衣裳蔵



母屋の中に、母屋解体修理時の記録ビデオがあり、よく解体修理の方法がわかった。